いちばん最初の記憶

 長野まゆみの『お菓子手帖』を読んでいる。読んでいるさいちゅうに思い出すのは、自分のさいしょの記憶のこと。いとこの家に遊びに行き、下が見える階段を上っているときにうっかり下を見て怖くなり、そのままその階段から落っこちる、というのがそれだ。たぶん3歳になるかならないかくらいだと思う。小学校に入学する前の年まで、同じ市内の別の家に住んでいて、妹とけんかをしてその家の押入れに閉じ込められたとか、やはり妹とけんかをしたのか母の言うことを聞かなかったのか、「あんたなんかいらないから外に出てなさい!」と雪が積もっている外に放り出されて雪にズボッと埋まり、わんわん泣いていたら隣の家のおばちゃんが出てきてその日一晩泊めてくれたこととか、前の家にまつわる思い出はたくさんある。トイレが汲み取り式で、こわくてこわくて帽子やスリッパを何回も落としたり、途中で浴室が新しくなり、水色のタイルをしげしげとながめたこととか、敷いてあったカーペットの柄まで思い出せるくらい。夏になると水道の水がぬるくてカルキくさくてとても飲めたものじゃなかったし、当時でさえ破格の家賃だったというその家はとても古くてぼろくて、けれど周りにも似たような家がいくつかあって、同じ年頃の子どもが何人かいたので楽しかったことを覚えている。道路を挟んだ向かいの家に遊びに行って、そこではじめて見た2段ベッドにあこがれたり、家の目の前にあった畑で遊んでいたらへびを見つけたり、近くの子どもたちと一緒にビニールプールで遊んだり。近くに教会があったので、夏の暑い日に勝手に忍び込んで涼んだり、線路も近かったので電車を見に行ったりもしたっけ。いちばん下の妹はまだ生まれていなかったし、引っ越したのは私が5歳、妹1が3歳のときなので、妹1はほとんど覚えていないらしい。
 そんなことを話していたら、母が「あんたがはじめて歩いたのは雪が降っていたときで、1歳になる前だった」と話してくれた。ちょっとした広場のようになっていたところで、近所の人たちと雪遊びをしていたときに長靴を履かせていたら、そこで1歩、2歩と歩いたのだという。私もはじめて聞いた話で、覚えてくれてるんだなあ、となんだかじんとした。きっと、そうやって母だけ、父だけが覚えている私たち姉妹の記憶がたくさんあるんだろうな。